胸中は複雑だった。 ここはアルカヤ。 来てしまった。 彼の住む世界……フェインの居る世界。 今はまだ、彼とは会えない。 他の勇者達とも出来れば会いたくない。 勇者達と会えば彼を思い出さずにはいられなくなるから。 もう少し強くなるまで、待って。 「ウィニア……君、嘘は吐いてないよな?」 ルディの瞳に冷汗を掻く私が映っている。 「う、嘘なんて……」 私の声は上擦っていた。これではルディにばれてしまうかもしれない。 「……そっか……な、ウィニア」 けれどルディはすぐに私から目を逸らして、背を向ける。 「はい?」 「しばらくここに居たらいいよ」 ルディはテーブルに近づき、そこにあったガラスの水差しを手に取り、グラスに水を注いだ。 「え……!? いえっ……私はすぐにっ!! ……っ……い、痛っ……」 私はルディの声に慌ててベッドから足を下ろした。膝下に痛みが走る。 痛みに目をやると、両足の膝上まで包帯が巻かれていた。 「……その足じゃしばらく歩けないよ。草の中を歩いてたんだろ? 傷だらけだったんだ。命に別状は無いけど、所々深く切れてて化膿してた。……よくそんな足で歩いてたよな」 ルディはグラスを私に渡し、ベッドの下から私の履いていた履物を取り出し、私に見せた。 「……っ…………」 私はグラスに注がれた水を一気に飲み干して黙り込んでしまう。 私の靴は……靴とは呼べない、白いサンダル。土がついて汚れ草臥れている。 そして、私の服は真っ白な柔らかい素材のキャミソールにミニスカート。 「……こんな靴であそこまで……?」 ルディが靴を指摘しつつ私の服装を見て首を傾げる。 私は世間知らずだ。 私が降りた場所からも、私が倒れた場所からも、前にも後にも街なんて見えなかった。 随分歩いた。 長距離を一人で歩くような服装じゃない。 ルディが疑いを持つのは当然だった。 「……えっと……」 私はどう説明しようかとグラスを両手で持ち、言葉を探す。 「……とにかく。治るまでゆっくりしてっていいから」 ルディは私から空になったグラスを取り上げて床に置き、私の両肩を掴んで、ベッドに横たえた。そして、下ろした私の足を痛みを感じないように優しくベッドへと戻す。 「……でも……それではあなたに迷惑が……」 ルディが上掛け布団を掛けるのを見ながら私は告げた。 「別に平気だよ。俺、ここの国王だから誰も文句言わないよ」 ルディは優しく笑う。 「へ? あ……」 私はルディの言葉に思い出した。 国王だった彼のお兄さんは暗殺され、ルディはその意志を継ぐと言っていたんだ。 アルカヤが平和になってから約半年、彼はそれを果たしている。 「……ルディ……」 私はつい、彼の名前を呼んでしまった。 「ん?」 ルディは直ぐに私の目を見て返事をする。 「あ、いえ……」 私はルディの瞳を真っ直ぐ見れなくて、視線を窓の方へと逸らした。 大きな窓は開いていて、青い空がここからでも見える。一塊の小さな白い雲が三つ、四つ、ゆったりと泳いでいく様はアルカヤの平和を象徴しているようだった。 ルディの言葉とその様子を見ると、天使だった頃の想いが甦って、私の胸を締め付ける。 ルディ、あなたは立派な人ね。 お兄さんもきっと喜んでいると思うわ。 それに、あなたの生き生きとした瞳。 ……毎日が充実しているのね。 私はそれが見れて嬉しい。 こんな風に勇者のその後が見られるなんて思ってもみなかった。 信じていた通りの未来を歩んでくれている。 これ程嬉しいことは無い。 「……ウィニア?」 ルディが身を乗り出して私の視界に再び入る。 「……え? あ、ごめんなさい。何か言いました?」 私ははっとして、ルディの方へと向き直った。 「いや……君が何か嬉しそうに笑ってるから……」 ルディは私に掛けた布団を正す。 「……だって……嬉しいから……」 私は彼に笑顔を向けた。 「……何が?」 ルディが訊き返すと、私は「秘密です」といいながら布団の中へと顔を埋めた。ルディが私の視界から姿を消す。 「……君は変な人だなぁ……。まぁ、しばらくゆっくりしていくといいよ」 ルディの声がベッドから離れていく。 「……ルディ……」 私は布団の中に顔を埋めたまま彼を呼んだ。 「ん?」 彼の声が聞える。 「……ありがとうございます……」 「いや……」 私がお礼を告げると、ルディは誰かに私のことを頼んで部屋から去って行った。 「……アルカヤに来ちゃった……どうして……?」 私はルディが去ったことを確認して、布団から顔を出した。 まさか、ミカエル様のご褒美とはこういうことだったの? 「……どうして……こんなことを……」 私は再び窓の外を見上げた。相変わらず白い雲は青い空をゆったりと漂っている。視線を下へと下げると、外の景色が見えた。 日当たりのいい石畳の通路。向かいには同じように窓が開いた部屋が見える。 その隣にも部屋があり、ここから見える部屋の窓は全部全開だった。 よほど暑いのか、石畳の通路には誰もおらず、警備の者は建物の日陰に立っていた。 建物内は部屋の造りからか、涼しく私の汗もいつの間にかひいていた。喉の渇きもさっきルディから貰った水で癒えた。 あと、心配なのは……。 「……この子は……大丈夫かしら……」 私はお腹に手を当てた。 「……お子さんは大丈夫ですよ。ウィニアさん」 「え?」 女性の声が聞えて、私はその声に振り返る。 「お医者様がおっしゃってました。丈夫なお子さんですね」 私が振り返ると、紫色の髪の細身の女性が何やら生地のような物を手にこちらへと近寄り、ふわりと微笑んだ。 「……あなたは……サヴィ…………あっ!」 私は最後まで言わず咄嗟に口を両手で塞ぐ。 あなたは私を知らないだろうけど私はあなたを知っている。 ルディと同行して会ったことがある。あなたはサヴィアさん……よね、確か。 「ウィニアさん? ……私はサヴィアと申します。ルディエール王の言い付けでウィニアさんのお世話をさせていただくことになりました。何なりとお申し付けくださいね」 女性……サヴィアさんはそう告げながら手に持っていた生地を私に渡した。 「……これは……?」 私はサヴィアさんに渡された生地をよく見る。どうやら服のようだ。 「ウィニアさんの服です。汗をたくさん掻いたでしょう? そのままでは身体が冷えてしまいます。着替えましょう」 「す、すみません……」 サヴィアさんの優しい微笑みに私は着替えをすることにした。 「お手伝いしましょう。今着ている服は洗っておきます」 サヴィアさんが私に気を遣ってなのか、私の胸元のボタンを外そうと手を掛ける。 「あっ、いえっ、自分でやりますからっ!!」 私は恥ずかしくて両手で胸元をガードした。 「女同士ですからお気になさらないで下さい」 サヴィアさんは笑顔のまま私の服を脱がそうとする。 「いやっ……あのっそういうわけじゃっ!!」 「いいですからいいですから」 私は抵抗したのだけれど、サヴィアさんの手が一瞬早くてボタンが外れた。 「あっ……」 「あら……ウィニアさんて……」 サヴィアさんが私の身体を見て止まる。 「な、何ですか……?」 私はサヴィアさんの行動の早さについて行けず、半分涙目で応えた。 「とても色が白いのですね。どちらのご出身なんですか?」 「え……あ……ええと……」 私はサヴィアさんに訊ねられ、その問いにどう答えようか言葉を探す。 ところが、それは途中で遮られることになる。 「なー、サヴィアもう一個頼みが…………っ!?」 ルディの声が再び部屋に響く。 「え……」 突然のことに、私はルディの声に振り向いた。すると、ルディの姿が私の視界に断り無く入ってこちらを見ている。 頬が段々と赤く染まってゆく。 「ルディ様っ!!」 サヴィアさんが大声で怒鳴り、咄嗟に替えの服で私を覆った。 「わわわっ!! ご、ごめんっ!!」 ルディは両手を目に当て、後ろを向く。 「……き、きゃぁああああっ!!」 私はワンテンポ遅れて悲鳴を上げた。 その後、私の声を聞き付けて大勢の警備や、宮仕え達が駆けつけて来たのをルディは必死で追い払っていた。 人払いが終わるとルディは赤い顔で、 「ごめん……俺、そんなつもりじゃなくて……」 深く頭を下げる。 「……もう、いいですよ」 申し訳なさそうなルディの顔に私はほのかに笑ってみせた。 「……ウィニア……。あ……じゃあ、俺もう行くな。あとはサヴィアがやってくれるから」 私の笑顔に安心したのか、ルディの顔に笑顔が戻る。 「はい。ありがとうございます」 私が一礼すると、ルディはサヴィアさんに後の事を頼むと告げて部屋から出て行った。 ……ルディに見られてしまった。 恥ずかしさはあるけれどそれがショックなわけではない。 あんな風に大声を出したことが初めてで、私はそれに驚いていた。 あんな大声を上げたことが今までにあったろうか? やはり私は少しずつ変わり始めている。 このまま良い方へ変われたなら。 ――強くなれたらいいのに。 「では、ウィニアさん、また何かあったらお呼び下さいね」 「ありがとうございました、サヴィアさん」 サヴィアさんが私の身の回りのことを一通り終えて、私がお礼を告げると彼女は優しく微笑んで部屋から下がった。 一人部屋に残った私は再び青い空を見上げ、 「……こんにちは、アルカヤの地。またお世話になります」 ――眩しい太陽を仰いだ。 これから何が起こるかはわからない。 人間になったばかりの私はあまりに無力で。 一人では生きて行けないのかもしれない。 道は厳しいのかもしれない。 でも恐くは無いの。 一人じゃないから。この子がいるから。 ルディはしばらくここに居て良いと言ってくれた。 少し、ほんの少しだけ甘えさせてもらおう。 怪我が治るまで。 強く生きていく方法をそれまでに探さなくちゃ。 人間がどういう風に生活してるのか学ばないと。それに慣れないと。 それから私はルディの元でしばらく世話になりながら、自分の道を探し始めることになる。 ここはアルカヤ。 いつかフェインと会うかもしれない。 会いたくなくても会ってしまうかもしれない。 降りた地上がアルカヤでなければ良かったのに、 そう思うのに、 アルカヤで良かったと思ってる私が居る。 どんな結果になってもここで良かったのだと、納得してる私が未来に居る気がする。 でも、今のままでは駄目だ。 もっと、 もっと、 もっと、強く。 ――強くなりたい。 彼の中で私が思い出に変わった頃、私の気持ちも一区切りつくだろう。 そうしたら、互いに笑い合える。 それぞれに歩き始められる。 そう思うの……。
to be continued…
後書き
地上に降りてきました~。
ウィニアと何で名乗ったんだか。バレバレじゃんかねぇ。
体調不良&多忙の中久々に無理矢理更新しましたが、あまり見直しが出来てなくて相変わらず読み辛いかもです。
ほんでもって、こっからまた微妙に変な方向へと話が進んでいってるような気がします……。
ウィニエルキレたし、ミカエル様はおもちゃに捨てられた(?)し、グリフィンのことも片付いたし、めでたしめでたし……んがー! グリフィンのこと何があったかあれじゃわからんやんかー!!
……ですよね、インフォスに何しに行ったかは要略されてますが、本編終わったら番外で書くとかいう話です。でも大体何があったかは想像つくかと。ミカエル様の褒美とかいう話も番外編で。
ルディも出て来たし~♪
ルディは好きなのでどうしても出したかったんです。……けれどもフェインとウィニエルはまだ当分幸せにはなれません。すぐに再会も出来ません……。
次回は何故だかアイリーンサイドな訳ですが……。こっからまた妙な話へと移行して行きます……。七話終わり辺り(?)からゲームED後の話なので、もう、本当にオリジナルと化してますね(汗)
次回はアイリーンサイドです。