後書き
「アルカヤの地」のアイリーンSide。
――フェインが堕天使と天竜を倒したのはもう、半年も前。 ウィニエルが天界に帰っちゃったなんて今でも信じられない。 あれから半年経ったなんて……月日が経つのは早いものね。 あんな約束するんじゃなかった。 『……アイリーン、戦いが終わったら……あなたがフェインの傍に居てあげて下さい』 ウィニエルが痛切にそんなこと言うから。私は。 私は断れなくて。 『うんっ……フェインのことは兄としてしか見れないと思うけど……ちゃんと見ててあげる』 なんて、約束をしてしまった。 フェインのことは今でも好きだよ。 セレニス姉さんのことも大好き。 ウィニエルのことも同じくらいに大好き。 目を閉じたらつい昨日まで私の背後でふわふわ浮いてた彼女の光景が浮かぶ。 時々木にぶつかったりして、痛みを押さえて平気な振りを装った顔が可愛くて。 いつも昼夜問わず訪ねて来ては大した話をするわけでもないし、依頼をしても心配だからとずっとくっついて来るし、怪我をしたら慌ててすぐ駆けつけて真っ青な顔して治療して。 過保護で始めは鬱陶しかったけど、何だか一生懸命で。 いつでも私の話を真剣に聞いてくれていた。 姉さんと対峙した時もずっと傍に居てくれた。 逃げないで傍にいてくれた。 その彼女がフェインのことで逃げ出してしまった。 ウィニエルは何か恐がってた。 私にはわからない見えない何かを彼女は恐れてる。 話してくれれば良かったのに……。 私じゃ役に立たないの……? それが悔しかった。彼女に何もしてあげられなかった自分が悔しくて。 私は今でも後悔の嵐だ。 無理矢理にでも引き止めるべきだった。 彼女のお腹にはフェインの子がいたのに。 ウィニエルは確かにフェインのことを愛してた。 それでも地上に残ることを選ばなかった。そんなにフェインの元で育てるのが嫌なら私が一緒に居てあげたのに。 フェインなんて……。 フェインなんて。 「も~ちょっとフェイン!! ちゃんと手伝ってよぉ!!」 私は塔の最上階へと古しい埃塗れの赤い絨毯を運んでいた。螺旋階段をもう何段上ったことか。 「…………ああ……」 フェインが気の無い返事をして、丸めた絨毯の下の方を持っている。 「全くも~! ……いいよ! 私一人で運ぶから!!」 私は上から絨毯を引っ張り上げた。腕の血管が少し浮き上がった。自分でも驚くほど、意外に力持ち。 「…………ああ……」 フェインは呆けたように階段の途中にある窓の外に目をやり、立ち止まる。 「……フェイン……しっかりしてよ……ふぅ……」 私はフェインの様子が心配だったけれど、ため息を一つ吐いて、一人で最上階まで絨毯を運んだ。最上階は屋根のない屋上。空も景色も360度見渡せる。 「ふ~……やっと到着~!! あー!! いい天気~!!」 私は絨毯を物干しに掛け、思い切り背伸びをする。空は晴天。白い雲が丸いわた菓子のようにいくつか穏やかに泳いでいる。 「……ねぇ、ウィニエル……私ちゃんとフェインの傍に居るよ。でもね、あれからフェインの様子がおかしいんだ……私どうしたらいいのかな……」 私は最上階の床に座り込んで、空を見上げる。 あれからフェインと私は姉さんの思い出がいっぱい詰まったこの塔で暮らすことになった。ずっと望んでたことだったんだ。 この塔に戻って来ようって。 フェインと一緒に暮らそうって。 望みは叶ったのに私はウィニエルが居ないのが淋しい。 彼女には辛いかもしれないけれど、ここで三人で暮らしたかった。 新しい家族もいずれは一緒に。 新しい家族。 フェインはそのことは知らない。私は彼に何も教えてはいない。 塔に帰って来て最初の一、二ヶ月はしばらく空けていた部屋の掃除やら、各ギルドへの報告やらでお互い忙しくてあまり一緒に居れなくて、三ヶ月経った頃にやっとこれまでのことを互いに振り返ることができて。 その話も始めは良い思い出話だったけれど、次第に重くなって話せなくなった。 最近ではその話題に触れないようにしている。 セレニス姉さんのことをフェインは今でも愛してくれているみたい。姉さんの話は今でも愛しそうにしてくれて、話題は尽きない。 私も姉さんの話をするフェインの顔は穏やかで大好き。 でも、彼女の話は禁句。名前を出すのすら躊躇われる。 ウィニエルの名前は禁句なんだ。 私の中でもそうだったように、フェインの中でウィニエルのことはまだ思い出にはなっていないんだ。 彼女の名前が互いの口から出なくなってもう随分経った。 まだ彼女は思い出にはなっていないけれど、私は何処かで諦め始めていた。 ――もう彼女は戻って来ないんだ。 フェインもそう思っていると思う。 なのに、フェインは日を追うごとに元気を失くしてる気がする。セレニス姉さんの話をする時だけは優しく微笑んで幸せそうな顔をするけれど、後は何を考えてるのかわからない。何か話しかけても上の空。茫然自失。 ギルドの仕事もあるのに、ギルドへ顔を出しにも行ってない。 「……ふぅ……さてと……あ……」 私は立ち上がり階段を下る。途中で先程フェインと別れた場所に彼はそのままの形で立ち尽くしていた。 「……フェイン!! もう一枚あるんだからちゃんと手伝ってよね!!」 私は腰に手を当てて上から彼を覗き込むように身を乗り出しフェインを怒鳴る。 「…………ああ……」 相変わらずフェインは気の無い返事をした。 「……むむむ……」 私は苛立ち、眉間に皺を寄せる。 こんなことなら、引き止めれば良かったのに。 フェインはきっとウィニエルのことが好きなんだ。本人は否定しているけど、愛してもいると思う。姉さんのそれと同じ位に彼女が大事なんだと思う。傍に居て欲しかったんだと思う。 でも、フェインは半年前までそれに気付いていなかった。 ウィニエルが自分にとってどれだけ大切なのか、手放して初めてわかるなんて……。 傍目から見てても痛い。 もう二度と彼女には会えないのに。 あの時フェインが引き止めていたら彼女は残ってくれたと思うのに。 ウィニエルも残りたかったかもしれないのに。 でも彼女は言えなくて。 二人共不器用すぎて別れを選んでしまったんだ……。 私はウィニエルから過去のことを聞いてもっと彼女が好きになった。そして、フェインと一緒に新しい未来を歩んで欲しかった。 あの二人なら互いに互いを思いやれると思ったから。絶対上手くいくって自信あったんだけどな……。 でも、もう彼女は居ない。 フェインをこんな風にして去ってしまった天使。 彼の自覚していない愛を、その心ごと天界へ持って行ってしまった。 フェインの想いがどんなものかなんて、ウィニエルはわかってなかったと思う。 確かに、フェインはセレニス姉さんを今でも想い続けている。私がウィニエルならそれは辛いことかもしれない。 でも、ウィニエルがフェインを想ってる以上にフェインの中でウィニエルがどれほど大切だなんて彼女は知らないんだ。フェイン自身もまだ気付いていない。 その言葉を知らないんだ。 ただ、空虚な毎日が過ぎてゆくだけで。 フェインは。 喉から手が出る程切望した人達に決して傍に居てもらえない淋しい人。 大切な人を二人も失った可哀想な人。 姉さんはどうしようもなかった。 でもウィニエルは引き止めることが出来たかもしれないのに、 フェイン、 あなたはそれをしなかったのよ。 愚かだと思うわ。 自分の撒いた種だとも思う。 茫然とした毎日を過ごすのは自業自得だとも思う。 そんなあなたを毎日見てる私も辛いんだ。 ――けど放ってはおけない。 私にはどうすることも出来ないけれど。 助けてあげたいと思うけど、私の声はあなたには届かないでしょう? だって私はあなたをもう、兄としてしか思っていないんだもの。 大好きだけど愛してはいない。 姉さんのように愛してはいない。 ウィニエルのようにあんな身を引くような愛し方は出来ない。 同情しか出来ない。 ただ、時が経つのを待つだけ。 時が癒してくれることを祈るだけ。 今の私にはそれしか出来ない。 願わくば、フェインが早く元気になりますように。 そして、ウィニエルが幸せでいますように。 ウィニエル。 ウィニエル、あなたは今幸せにしているの? 赤ちゃんは順調? 天界では時間がゆっくり流れていると聞きました。 そろそろ安定期に入った頃かしら? 初めてのことで多少不安はあるだろうけど、きっと幸せにしてるよね。 でも、フェインは駄目だよ。 日に日に落ち込んでる。 ウィニエルが居なくなってこんな風になるなんて正直私も驚いたくらい。 姉さんだって傍にいてくれてるはずなのに、半年経った今も何か思い詰めてる。 ウィニエル、あなたはそれを聞いたらきっと喜んでくれるよね。 あなたが地上に降りててくれてたらって……今でも思う。 フェインの落ちてく姿を見ているしか出来ないのは辛い。 半年じゃ傷なんて癒えないよ。 いつか癒える時が来るといいんだけど……。
to be continued…