それから私は毎月ギルドの仕事と彼女の元へ通うことになる。 初めての祥月命日にフェインと行った日には彼女が置いた花とセレニス姉さんの好きだった果物が添えてあって、私は先に行って慌てて自分が置いたってフェインに伝えた。 茫然自失のフェインは私の言葉を信じて全然気にも止めなかった。その場で二人で姉さんの思い出話をして、フェインに先に帰るように仕向けて、私は彼女の家に向かった。 彼女の家に着いたら客が来ていて驚いた。その客というのは、あの聖職者で、こともあろうにウィニエルをテーブルに押し倒して迫っていたのだ。 私はその光景を窓から遠目に見つけて急いで駆けつけたけど、近づいたガラス窓付きのドア越しに、二人の会話が聞えてドアを開くのをやめ、しゃがんで二人の様子を窺うことにした。 「……妊婦なんて襲っても面白くありませんよ、ロクス」 ウィニエルの両手が彼の頬を優しく包んで微笑んでいた。 「…………もっと抵抗するかと思ったんだけどな。全く……つまらない女性だよ君は……」 インチキ聖職者は苦笑いを浮かべて彼女を解放する。 そして、いつの間にか脱いでいた法衣を身に纏って、家から出ようとこちらへ向かってきた。 一体この聖職者はどこで彼女のことを聞きつけたのだろう……。 私はドアを開けずに聞き耳を立てていた。 瞬刻ドアが開いて、私の額にドアノブが直撃する。 「痛っ!! ちょっと!! おでこぶつけたじゃない!!」 私は額を手で押さえて半泣きの状態でインチキ聖職者を睨み付けた。 「……お前……覗きが趣味なのか……?」 ロクスは私に眼を付けて睨んでくる。 「う……」 私はロクスに言われて、何も言えなくなってしまった。 そんな私にウィニエルが気付いて、 「あら、アイリーンいらっしゃい。ふふっ、おでこ赤くなってる。湿布張りましょうか?」 彼女は救急箱を戸棚から出していた。 「ウィニエルぅ!!」 「お、おい!?」 私はロクスを押し除け、ウィニエルに駆け寄って、彼女に抱きつく。 「わっ……アイリーンっ!?」 彼女は私の行動に驚いたけれど、ちゃんと私を抱きとめてくれた。 ウィニエルの身体は柔らかくて温かくて、何だか安心する。 お母さんなんだな~って、しみじみ思う。 「……私別に覗きなんかしてないのよ!? なのにあいつったら!!」 私はロクスを指差して口を尖らしながら訴えた。 「な、何言ってんだ!? お前確かに覗いてただろうが!!」 ロクスが再び家の中へと戻り、私達の方へ向かってくる。 「ふふっ……ロクス、アイリーンをあんまり苛めないで下さいね」 ウィニエルは私を抱きとめたまま穏やかに微笑んだ。 「な……何だよ……わ、わかったよ!!」 ロクスはその後私に「悪かったな!」と乱暴に告げて、さっさと家から出て行ってしまった。 ウィニエルに訊いた話によると、インチキ聖職者とは街へ買い物しに行った時にナンパされたらしい。 ナンパって何!? と私は思ったけど、ウィニエルは彼は元々そういう人だからと苦笑していた。それでも彼は以前より真面目になったと彼女は嬉しそうに話していた。 ついでに、彼とは意外な接点もあると教えてくれた。 彼とは借金がある者同士で、返済計画について今後も真面目に語り合いたいと言うのだ。 ウィニエルは真面目だからそうかもしれないけど、あいつはどうなんだか……。 やめといた方がいいと思うんだよね……。 「あいつはやめといた方がいいよ」 私は彼女に率直に伝えた。 「え? 何故……? あ……そっか……そういえば……はい、わかりました。そうですね、何もないとはいえ、あなたに申し訳ないですもんね」 ウィニエルは私を見て微笑み、深く何度も頷く。 「……ウィニエル、何か思いっきり勘違いしてるよね……」 私は肩の力を落し、俯いた。 「え? 違うんですか?」 「違う違う……全く違うわ」 私はため息を吐きながら首と手を横に振った。 心配なのはウィニエル、あなただけだってば……。 彼女が鈍感な分、私が気を付けてあげないと余計な虫がついてしまう。 今の所、ルディエールは何も言って来てないみたいだけど、あの聖職者は油断大敵。 ウィニエルは美人だし誰にでも優しいから、勇者や妖精達皆に好かれていた。きっと人間になった今も誰からも好かれている。 実際一人暮らしをしていても近くの人達の援助で生活には苦労してないみたいだし、彼女の好意を勘違いと取る男が居てもおかしくはない。その証拠に先月彼女に求婚してきた不届き者もいたし。 私がたまたま居たから追い払ってやったけど、それは氷山の一角でしかないということが家の半分を埋め尽くしているプレゼントの山でわかった。 ウィニエルが困ってたから後で全部燃やしてやったけど。 本当ははっきり断らない自分が悪いって彼女は気付いてないんだよね……。羨ましいやら、厭きれるやら。 でも、お陰で彼女は毎日忙しく過ごしてるようで、フェインのことを重く考えないで済んでいるみたい。 そして、彼女にはいつの間にかニックネームが付けられていた。 ドライハウプ湖畔に一軒佇む小さな家に住む美女“湖の女神” 人間なのに人間とは違う魅力に惹かれ、七ヶ月前の不吉な出来事以来訪れる人が居なかったこの湖に人々が戻り始めたのはウィニエルが住み始めてから直ぐのこと。 ウィニエルは「天使だったのですが、神様にされてしまうとは……ミカエル様に怒られますね」と悠長に笑ってた。 多分、彼女にはその本当の意味は伝わってないんだろうな……。 “湖の女神”は街で噂になっていて、彼女見たさに観光客が増え始めているらしい。彼女は湖に人々が来ることが嬉しいみたいで、けれどもその所為で湖が汚れないように時々ゴミ拾いをしている。 彼女の姿を見て、観光客もゴミを持ち帰ってくれるようにもなってきたらしい。 どうして彼女がそんなことをするのかと私は訊ねた。 「監視してるんです。ここが綺麗であれば、堕天使は復活できないでしょうから。人々の意思を、自分達の手でこの世界を守るという強い意思を見せておけば彼等は簡単に手出しできません。それに、この綺麗な湖を子供に見せてあげたいの」 それで堕天使が復活しないとは限らないと付け加えていたけれど、天使から人間になったというのに彼女はアルカヤを救った責任を生きている間は果たしたいという。 人間になってもやっぱりウィニエルは天使なんだって私は思った。 私も、生きている限り、彼女の勇者であり続けたい。 ――ウィニエルが子供を産んだのはそれから三ヵ月後のことだ。 ◇ ――私はフェインの代わりにそれに立ち会った。 彼女の家で、助産婦に言われるまま私はお湯を沸かし、彼女の顔に掻いた汗をタオルで押さえて拭いて「頑張って!」と応援した。 彼女は息苦しそうに肩で一生懸命酸素を吸おうとして、涙を浮かべていた。 助産婦が合図をするとウィニエルは息んで、「んんー!!」と手首に青筋が浮き出る程に拳を強く握って力を込めた。 そして、また助産婦が合図をすると今度は脱力して、また一生懸命に呼吸をする。それがしばらく繰り返される。 私はそんな彼女をただ傍らで見てるだけではいられなくなって、彼女の手を強く握った。助産婦が「もう少しよ!」と告げると、彼女は私の手を痛いくらいに強く握り締め、最後の力を振り絞った。 そして最後に大きな声で、 「……んんーっ!!……フェインっっ!!」 彼女は彼の名を呼んだ。 そして、彼女から赤子が助産婦の手によって生まれ出てくる。 私はそれが嬉しくて握られて痺れ始めた手の痛さも忘れて、彼女から出てきた赤子に目を奪われた。 「オギャアアアアアア!!」 静かな湖の端から端まで響く程に大きな声が小さな家に轟いた。 「お、男の子……」 助産婦が「こんな元気のいい子は久しぶりね」と微笑みながらウィニエルの胸にその子を乗せるのを見て、真ん中にアレが付いていることに気付く。 「……男の子……そう……良かった…………え……?」 ウィニエルが赤子を抱いて安堵の表情を浮かべてすぐ、彼女は自分の目を汗ばんだ手で擦った。 「どうしたの?」 私は彼女に訊ねる。 「…………あ、いえ……気のせいかもしれません……ごめんなさい……アイリーン。私少し休みますね」 彼女が話してる間に助産婦は赤子を産湯に浸けて身体を洗う。 「あ、うん。お疲れ様、よく頑張ったね」 「……はい……」 私の言葉にウィニエルは涙を一筋零して、穏やかに微笑んで眠ってしまう。 それから私はウィニエルに布団を掛けてあげた後、助産婦から赤子の扱い方を教わった。 助産婦に色々教わった後、彼女は眠るウィニエルの脈を図って、これなら大丈夫だと言い残して、次の出産予定も入っているからと足早に帰って行った。 残った私は生まれたばかりの赤子を抱いていた。 私はその赤ちゃんを疲れて眠っているウィニエルの傍らに寝かせてあげる。 すると、赤ちゃんはウィニエルの方へと身体を摺り寄せて、ウィニエルは眠りながらもその子を抱きしめた。 二人共気持ち良さそうに眠っている。 「ゆっくりおやすみ……」 私は二人の眠っている掛け布団を優しく二度撫でた。 気持ち良さそうに眠るこの母子を、私は守ってあげる。 時が再び彼と彼女を引き合わせると信じて――。
to be continued…
後書き
アイリーンが大好きです。
フェインが何か情けなくなってます……ごめんなさい。
久々に更新しました。実は前々から書いてあったんですけど、段々苦しい展開になって来ちゃいましてUPするのを躊躇してました。もはやHシーンもない状態ですし。
“湖の女神”とか、くっ、苦しい(笑)ウィニエル至上主義全開って感じですね(汗)
あと二話で終わりです。どうか最後まで頑張れますように!!
宜しくお願いいたしますっ(T人T)
ちなみに次回はこの九話の二年半後だかいう設定となる模様。
次回はフェインサイドです。
物語もクライマックスに突入~!