贖いの翼・番外編3:贖いの翼④ ミカエルside

 ――ウィニエルが地上に降りなければならない時が来た。
 もう、二度と天界に戻ることはない。
 流石の俺にも止められないことだ。

 だが、それはおもちゃを捨てる時が来ただけのこと。


 辛くはない。


 元々、ただのおもちゃなのだ。
 丁度、そろそろ飽きてきた頃なのだから。

 いいじゃないか。
 そろそろ解放してやった方がいい。

 ウィニエルにはそれなりに、感謝している。


 せめてもの、餞に。


 ――アルカヤへ。


 大体、アルカヤの血を引いた子を異世界へ落とすわけには行かないのだが。
 そんなことをしたら、世界のバランスが崩れる。


 ウィニエルの未来がどうなるか俺にはわからないし、どうでもいいことだ。


 もう、開放してやろう。

 お別れだ、ウィニエル――。


◇


 一人の天使が人間になって、地上に降りた。

 ウィニエルが降りて直ぐに命を落とさない為に、勇者と出会うよう、計算した地点へちゃんとわざわざ降ろしてやった。


 今頃助けられているだろう。
 それからの未来を俺は知ることはない。

 もう、会うこともない。 

 ラファエルとガブリエルには俺がおもちゃに捨てられたと言われた。

 捨てたのは俺だ。
 勘違いも甚だしい。

 ただ、ウィニエルの翼は気に入っていただけに、彼女が人間になったことに少しだけショックを受けたのは事実だが。


「……ウィニエルが人間になってしまった、ショックだ…………?」

 俺の肩、耳元であの妖精の声が聞こえた。

「!?」

 気付いた俺は声の聞こえた耳の方へ素早く顔を向けた。

「……すみません、日誌が開かれていたものですから」
「ローザ、お前…………」

 うっかりうたた寝をしていたようだ。机の上に、開いたままの日誌がある。


 ここはウィニエルの部屋。
 正確には、ウィニエルの部屋だった場所。
 俺は日誌を開いたままウィニエルが使っていた机に突っ伏して寝てしまったらしい。

 この日誌には彼女の記録があった。

 彼女だけじゃない。
 ロディエルやラミエルの記録もだ。

 大した内容じゃないが、暇を見ては書き続けてきたもの。

 ロディエルが新しい魔法を覚えたとか、
 ラミエルが新しい言葉を覚えたとか、
 ウィニエルが俺の絵を描いたとか、

 “三人に封印を施したが、まるで効き目がない。三人は他の天使達と何がちがうのだろう。”とか。

 仕事として、先に役立つかもしれないと付けていたものだ。
 時々、俺の感情も入っている。


「……私、誤解していました。ミカエル様はミカエル様なりに、ウィニエル様のことをとても大事にされていたんですね」

「ん?」

「……少し読んでしまいました」

 俺が首を傾げると、ローザはそう言って頭を下げて話し始めた。

「…………後半は、ウィニエル様のことばかり書いていらっしゃる」
「え?」

「ウィニエル様の様子を細かく、とても注意深く見ていらっしゃるご様子」

 俺の前ではいつも不機嫌そうにしているローザが、この時ばかりは穏やかだった。

 そういえば、ロディエルやラミエルが俺の手元を離れてからはウィニエルのことしか書いていない。

「……ミカエル様は、ウィニエル様を愛していらっしゃったのでは? でも、それに気付いていなかっただけなんでしょう? 気付くのが恐かったんじゃないですか?」

 俺にはローザが何を言っているのかよくわからなかった。

「本当は、ウィニエル様にずっと傍に居て欲しかったのでしょう? でも、言えなかったんですね」

「何で俺がウィニエルを?」

「読み返してみたらどうですか? ウィニエル様のことばかり書かれていますよ」

 言い残してローザは部屋から出て行った。
 そう言い遂げたローザの表情は自信に満ち溢れていた。

 全く、一妖精が大天使長に意見するとは。まるでウィニエルのようじゃないか。
 ローザはウィニエルに近すぎたのかもしれん。

 だが、


 …………悪くない。


 後半はウィニエルのことばかり。


 そりゃ、そうだろう。
 三人についての日誌なんだ。
 二人が居なくなって残った一人のことを書くのは必然。

 俺は、日誌を捲る。
 始めの方から、少しずつ。


 ○月×日、小さな天使と出会った。ウィニエルという名前だ。母親似の美人だ。俺に縋り付いて来る様子が可愛い。ロディエルとラミエルという天使も一緒に私邸で育てることにした。


 ○月×日、三人の内、ロディエルとラミエルはあまり懐かない。ウィニエルだけが無邪気に俺に纏わり付いて来る。悪くない。ウィニエルが一番可愛い。


 ○月×日、ロディエルが花瓶を壊した。ラミエルはその破片で怪我をした。ウィニエルがラミエルの怪我を治療していた。優しい子だ。ロディエルも俺に謝りに来た。いい子だ。ラミエルはただ半べそを掻いている。泣き虫な子だ。と思ったら、今度は何がおかしいのか笑っている。よくわからない子だ。


 ○月×日、俺をモデルに三人が絵を描いた。途中、俺が動くとウィニエルは動くなと、注意をする。俺にそんなことを言った天使は初めてだ。ロディエルの絵が一番上手かった。ウィニエルの絵はまぁまぁの出来、ラミエルの絵は何を描いているのかよくわからない。この触覚はアンテナなのか。翼らしき物体が黒く塗り潰されている。


 ○月×日、ロディエルが魔法を覚えた。まだ五つだというのに、これは最年少記録かもしれない。ラミエルは花が好きなようだ。私邸の庭でウィニエルと遊んでいる。ウィニエルは花冠を作るのが上手だ。作った花冠をラミエルに被せてやると、ラミエルは嬉しそうにはしゃいでいる。それをロディエルが妬んでか、奪うと、ラミエルが大泣きした。ウィニエルがもう一つ花冠を作り二人に与えると、二人は何事もなかったように笑っている。


 ○月×日、ラミエルが熱を出した。天使が熱を出すなんて珍しい。ロディエルもそれを見て熱を出した。ウィニエルが泣きながらそのことを俺に伝えに走って来た。俺に看病しろと無茶を言う。


 ○月×日、ラミエルとロディエルの熱が下がった。と思ったら今度は俺が丸一日看病の手伝いをさせた所為か、ウィニエルが熱を出した。寝かせると小さな手が俺の手を掴む。どうやら傍に居て欲しいらしい。看てやるか。


 ○月×日、三人が元気になった。が、今度は俺の番だった。ウィニエルが俺の看病をする。他の二人は遊びに忙しいらしい。薄情者め。ウィニエルはやはり、いい子だ。


 ○月×日、三人に初めての封印を施す。何の抵抗もなく、上手くいったように見えたがそれは三人の演技だったらしい。三人の感情が失われず、良かった。このまま大きくなればいい。


◇


「…………」

 俺は何ページが先を捲る。


 ○月×日、アルスアカデミアに入学、ロディエルは優秀だから先が楽しみだ。ラミエルは卒業出来るのだろうか。ウィニエルは大丈夫だろう。


 ○月×日、ウィニエルが仲間外れにあっている。ラミエルも同様に。だがラミエルはそれに気付いていない。ロディエルは頭脳をフルに生かして、それに合わないようにしているようだ。アカデミア内ではウィニエルとラミエルと一緒に行動しないようにしている。


 ○月×日、ロディエルがウィニエルに暴言を吐いた。それのお陰か、ウィニエルへの同情が生まれ、嫌がらせが少し減った。ロディエルなりに、ウィニエルを想っているのだろう。だが、ウィニエルはロディエルの暴言にショックを受けた顔をしていた。私邸に戻ってもウィニエルはロディエルと話そうとしない。ラミエルは、何が起こっているのかわからない顔でへらへら笑っている。それを見て二人も笑ったから、とりあえずはいいのか。


 ○月×日、ロディエルとウィニエルが口を利かない。ウィニエルが外出中、ラミエルがロディエルに文句を言うが、ロディエルはラミエルに手を上げる。ラミエルは案の定、大泣きした。外出先から帰ってきたウィニエルがそれを見て、ロディエルを睨みつける。この二人、実は仲が悪いのかもしれない。


 ○月×日、ロディエルとウィニエルがキスをしていた。その後で、ロディエルはラミエルとキスをする。女二人が封印して欲しいと願う為、その記憶を消した。ロディエルに悪びれたそぶりはなく、別の天使にもキスをしている。能力は高いが、天使としての資質はいまいちなのかもしれない。


 ○月×日、アルスアカデミア卒業。ロディエルはやはり優秀だった。ウィニエルも思っていたより成績が良かった。心配していたラミエルも始めは酷かったが、最後はまずますの成績で卒業できた。これから三人はそれぞれに地上に派遣されるだろう。


 ○月×日、ロディエルが地上の守護に出る。ラミエルは淋しそうだったが、ウィニエルはほっとした様子だった。キスの記憶は以前に消している。二人にキス以外で何かあったのだろうか。


 ○月×日、ラミエルが地上に派遣された。ウィニエルは淋しそうに見送っていた。ウィニエルの出番はまだもう少し先のようだ。それまで俺の手伝いをさせることにする。


 ○月×日、ロディエルが無事に地上の混乱を鎮めて帰還。すぐさま別の地上へと派遣された。さすが、成績優秀者。しかし、あいつは女勇者と色々あったのか、肩に爪の引っ掻き傷が。次の世界で厄介事を起こさなければいいが。


 ○月×日、ウィニエルがインフォスに派遣された。俺の世話は誰がするのか。


 ○月×日、ラミエルが天界に帰ってきた。何と、勇者と共に混乱を見事に鎮めたのだ。落ちこぼれ天使が快挙だ。ところが、ラミエルは地上に残ると言い出し、人間となり生きることを選んだ。俺にはそれを止めることは出来ない。残念だが、見送ってやった。ウィニエルはこのことを知っているのだろうか。二人に教えてやらねば。


 ○月×日、ラミエルが人間になって一日経った。もう三人が揃うことはない。新しく派遣された地上に、ロディエルは残る気はないらしい。ウィニエルもそうだといいのだが。


 ○月×日、ロディエルが帰ってきた。もう混乱を鎮めたそうだ。しかし、頬に引っ掻き傷。女の爪跡のようだ。地上で一体何をしているんだこいつは。再びガブリエルの指示で地上に派遣された。どうやらロディエルはガブリエルのお気に入りらしい。


 ○月×日、ロディエルが一時帰還。今度の世界は少々手こずっているようだ。しばらく帰れないからと俺に挨拶をしにきた。そういう所はきちんとしている奴だあいつは。そういえば、ウィニエルはどうしてるんだ? 最近忙しくて様子を見ていなかったな。


◇

to be continued…

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