「……そんなこともあったな」 俺はまたパラパラとページを捲っていく。 ○月×日、ウィニエルがインフォスから堕天使を倒し、帰還。様子がおかしい。 ○月×日、インフォスから戻ってウィニエルは泣いてばかりいる。どうすればいいのか。 ○月×日、ウィニエルが自傷行為に走った。細い腕も、純白の翼も血で赤く染まっている。このままでは大罪を犯しかねない。封印を掛けるしかないのか。 ○月×日、ウィニエルに封印を掛けるが、余り効き目がない。頭を抱え、苦しみもがいている。辛そうだ。見ているこっちが痛い。早く効くといいのだが。 ○月×日、封印でウィニエルの感情を抑えることがかろうじて出来た。今日は力が足りないから、身体の傷は明日治そう。綺麗に治るといい、いや、必ず治す。 ○月×日、身体の傷は何とか癒えた。ウィニエルは穏やかに笑っているが、何だかつまらない。 ○月×日、ラファエルにウィニエルを預けることにした。アルカヤへ派遣するという。大丈夫だろうか。 ○月×日、ウィニエルは勇者の一人に惹かれているようだ。前回のように傷つかなければいいのだが。 ○月×日、ウィニエルの相手はウォーロックらしい。そいつは堕天使の力に触れたことのある者。ウィニエルは大丈夫なのだろうか。だがウィニエルが選んだ者ならば。 ○月×日、ウィニエルがインフォスの勇者のことを思い出した。インフォスの勇者への気持ちとアルカヤの勇者への気持ちの間で迷っている。それでも任務はきちんとこなしているようだ。性格だな。 ○月×日、どうやらウィニエルはウォーロックと似ているようだ。二人は出会う度、互いに淋しさを埋め合うように抱き合っている。抱き合うとどうなるのだというのだ。俺にはわからん。 ○月×日、ウィニエルの波動が弱い気がする。堕天使の力が強まっているのだろうか。 ○月×日、ウィニエルに子が宿った。ウィニエルの波動が弱いのはどうやら堕天使の所為ではなかったようだ。本人はまだ知らない。この事実を知らせるべきか。堕天使に狙われている。どうする。 ○月×日、ウィニエルには行く場所がないようだ。不憫な子だ。俺の元に居れば何とかなるだろうか。どこまで庇えるかはわからないが、彼女が望むなら護ってやりたい。 ○月×日、ウィニエルの勇者が堕天使を倒し、彼女が天界へと戻ってきた。また一緒に居られる。なるべく、長くいられるといいのだが。 ○月×日、ウィニエルが眠りながら泣いている。嫌な夢でも見ているようだ。腹の子の所為か、どんな夢か見ることが出来ない。封印を施してみる。 ○月×日、ウィニエルに封印は効かないと、ローザに言われて気が付いた。俺はなんてことを。 ○月×日、この時が来てしまった。ウィニエルのことがラファエル達にバレた。もう、一緒に居られない。まだもう少し一緒に居られたら。 ――その後に“ウィニエルが人間になってしまった、ショックだ”と続いている。 読み返した日誌はどうみても、ロディエルやラミエル、ウィニエルを心配する文面ばかりが並んでいた。 後半はローザに指摘されようにウィニエルのことばかり。 そんなことを書いた覚えはなかった。 だが、この字は明らかに俺の字だ。 この文面を見る限り、俺は確かにウィニエルを愛している。 特定の誰かを想うなど有り得なかった俺が、ウィニエルを。 おもちゃだと思っていたウィニエルを、俺は知らない間に愛していたようだ。 「……愛していたさ。触れたくても触れられない相手だった」 日誌の文字が滲む。 それは涙など永い間流していない俺の瞳から零れた、たった一粒の涙だった。 自覚はとうの昔にしていたと思う。 ただ、どうしていいかわからなかった。 気付いてしまうと自分がどうなるかわからなかった。 俺の手から飛び立った小鳥。 「……ウィニエル、俺の愛し方は間違っていたのだろうか」 俺にはウィニエルを抱いたりは出来ない。 子を宿させることもしたくなかった。 彼女が完全なまでに潔癖であることを、俺は望んでいたのだから。 ウィニエルの金の髪、 純白の翼、 強い意思を持つ瞳、 美しい声を奏でる艶やかな唇、 しなやかな肉体、 厳しさを兼ね備え、全てを許し、愛するその優しさ。 俺には彼女の全てが神々しかった。 熾天使のように神に愛された子だと思ったんだ。 手を触れてはいけないと、勝手に身体が止めていた。 今彼女がここに居たとしても、触れることはないだろう。 あの日、ウィニエルが俺の足元に縋り付いて来た時、何故か自分の元に置きたいと思った。 あの日からきっと愛していた。 おもちゃなんかじゃない。 俺には手に負えない高貴な存在だっただけ。 それに今、気付いた。 ウィニエルは恋をした。 相手は俺じゃないが、それでいいと思った。 俺はウィニエルを愛している。 だがこれは恋じゃない。 恋なんて言葉で簡単に片付けられる程軽いものじゃない。 少し歪んでいたかもしれないが、これは欲に似た愛。 いや、時に恋も混ざっていたかもしれない。 ウィニエルが苦しまなければいいと思った。 ウィニエルが苦しめばいいと思った。 ウィニエルが憎いわけじゃない。 ウィニエルが憎かったわけじゃない。 彼女の全てが知りたかった。 彼女の見る全てを俺も見たかった。 愛していた。 もう、ウィニエルは帰って来ない。 もう、会えない。 ウィニエルには翼がないのだから。 もう飛んでは来てくれない。 ――ウィニエルに会いたい。 会ったら、今度こそ素直に向き合いたい。 大天使長なんかじゃなく、俺個人として。 どうしたいなど、どうでもいい。 何も考えちゃいない。 今思えば俺はウィニエルに酷いことをして来たような気がする。 だから、 謝りたい。 ウィニエルが心から幸せになれるように、何かしてやりたい。 でも、ウィニエルはもう戻らない。 「………………」 ふと、俺は部屋に鏡があるのを見つけた。鏡に、俺の翼が映っている。 「まだいらしたんですか? ウィニエル様はもうお戻りになりませんよ」 鏡越しに何故か部屋に戻って来たローザが背後から話し掛けて来る。 「ああ、わかっている」 「ウィニエル様にお会いしたいなら、自分から会いに行かないと。あ、でもそうも行きませんよね」 「会いに行く?」 「あ、いえ、忘れてください。無闇に地上に降りてはいけませんから」 ローザは自分の言った言葉に訂正を掛け、首と両手を横に振った。 「…………そうか」 俺は鏡に映る俺自身の翼を見ていた。 翼なら、ここにあるじゃないか。 ウィニエルが来れないなら、俺から行けばいい。 「…………ローザも来るか?」 「はい?」 ◇ ――俺はアルカヤへ降りる事にした。 勿論、人間になるつもりなどない。 ウィニエルにもう一度会うためだ。 ウィニエルは一人で子を産むつもりだ。人間になったばかりだというのに、無茶な子だ。 一度決めたことは必ず実行する意思の強さは、あの子のいい所であり、悪いところでもある。 ウィニエルの場所はわかる。 なんたって、俺は大天使長だからな。 ただ、 見つけたところで、どうやって顔を合わせればいいのだろう。 ちゃんと暮らせているだろうか。 「…………」 とりあえず、彼女の住む家を上空から見下ろす。 「……ミカエル様、どうするおつもりですか?」 隣でローザが頬を膨らまし、訝しげに俺を見ながら、羽をばたつかせる。 もう、二時間ここにいる。 ローザは飛んでいることに疲れてきたようだった。 「……もう直ぐ生まれるようだな」 ウィニエルの子が今日、生まれるらしい。 勇者の一人、魔導士の娘がそれに立ち会っている。 俺に、何か出来ることは。 ウィニエルは自力でも大丈夫だ。 彼女は強い。 ならば、堕天使に祝福されたその子に、何か。 「あっ! ミカエル様!」 ローザの声が俺に届く前に、俺は家の中へ。 「…………」 姿を消し、今まさに分娩中の部屋で様子を見守る。 ウィニエルの額に大粒の汗が滲み、助産婦の掛け声に、彼女の呻く声が部屋に響く。 これまで天使達のそれを見てきたが、何度見ても壮絶な光景だと思う。 そして、その行いが同時尊いものだとも思う。 赤子の頭が少し顔を出していた。 もう少し。 今度は、肩まで。 ウィニエルの息が荒い。 あと、少し。 俺の愛した天使の子に祝福を。堕天使に打ち勝つ力をこの子に。 『……んんっ!! ……フェインっっ!!』 そうウィニエルの声が聞こえると、その子は全身を外気に晒した。 丸々とした可愛い男の子が助産婦に抱えられ、ウィニエルの方へ向けられる。 けたたましい産声が姿を消した俺の耳を突き抜け、部屋に、家に、響き渡り………… ――その子は生まれた。 背に、小さな翼を携えて。 翼は俺からの贈り物だ。 天界までは飛べないが、それがあることで堕天使も容易には手を出せないだろう。 ウィニエルへ、 それは俺からの贖いの翼――。
end
後書き
真、完結
(笑)
贖いの翼っちゅーのは実はミカエル様のお話だったんですねー。何か長くなってしまって、途中意識吹っ飛んだ(え)。しかも最後よくわかんないし(汗)
最初もよくわからんかったし。日誌も大幅にカットしても良かったかな、と。
そして、つっこみどころ。
んー…………ミカエルさんは多分、何かのフェチなんでしょうね。独占欲が強いのか?
ほんで、一応大天使達はセックス禁止ってことになってます。
ミカエルさんにはジキルとハイドが住んでいるもよお。基本的に強い精神の持ち主で、仲間を大事にするし、威厳のある人なんだけど、実は、独占欲が強かったり、親心があったり、仕事には厳しかったり、複雑。
自分の感情にはやや不器用。
何か好き。
ウィニエルのことは大好きみたいです。
そして、最後、ウィニエルに贖うために翼をプレゼントしたんですけど、
「翼なんか付けるなー! ややこしくなるから!」
とウィニエルは思うと思う。いい加減放っておいて欲しいと思う。この翼は人間には見えたり見えなかったりするんだろうなぁ。
本編では目を擦ってるし、ウィニエルがそれに気付くのはまだ先のお話になりそうです。
「何てことをしたんですか!?」
とかミカエルさんを怒りそう(笑) 書いてみたいかも(笑)
あとあと、恋がなんとか、愛がなんとか言ってますが、なんにしてもミカエルさんはこれからが本番。ウィニエルに恋するような予感♪
あ、いやそれは書きませんよ。妄想世界へレッツラゴー★
長々とありがとうございました!