贖いの翼・番外編5:誘惑⑤ ロクスside

 しばらく経っても、ウィニエルは一向に口を開こうとはしなくて、僕達は向かい合って座ったまま。
 このままじゃ埒が明かない。


「……ごちそうさま、今日は帰る。また来るから」

 未だ何も話そうとしないウィニエルを余所に僕は一方的に告げて帰ることにした。

 今日のところはとりあえず帰った方がいいと判断したからだった。
 また出直して何度でも言ってやる。

 彼女が僕を納得させる理由を告げるまで。
 僕が彼女を説得できるまで。

 どちらが勝つかはわからない。

 ただ、引けない闘いだということは自分でもわかっていた。

 ウィニエルは卑怯だ。
 優しい言葉で相手を傷つけないようにと想って言ったんだろうが、僕には逆効果だ。


 大切な人だった、
 嬉しかった、


 そんな風に言われたら引くに引けなくなるに決まってる。
 僕を惹き付けていたいのかとも思ってしまう。

 恐らく、あの赤い髪の男も引くに引けないんだろう。
 ウィニエルの態度があまりに曖昧だから。

「あ、街まで送ります」

 僕が玄関に向かった所で、ウィニエルがやっと口を開いてついてくる。

「……いいよ、君は身重だろう? 街まで結構あるじゃないか」
「でも……」
「大丈夫、道は覚えたから」

 僕はドアを開いて、外の空気を吸い込んだ。空気は冷たかったが、明るい木漏れ日が僕の頬に当たって温かい。

「ロクス……」

 背中で心配そうな声が聞こえて、ウィニエルの手が僕のローブを僅かに引く。

「そんな顔するなよ」

 僕は振り返って、手早く彼女の手を引いて、軽く唇を交わした。

 “んっ!?”と彼女が驚いて僕の頬に再び平手が飛ぶ前に僕は身体を離す。

「ロクスっ!!」

 ウィニエルの頬が真っ赤に染まっていた。

「……僕は諦めないって言ったろう?」
「…………」

 僕がほくそ笑むように告げると彼女は気まずそうに目を細めて視線を逸らした。
 僕を諦めさせたいのなら、はっきり言えばいいんだ。

 でも、ウィニエルは言えない。

 僕はそれをわかってて誘う。

「そうだ、今度一緒に出掛けないか?」

「……妊婦なんか誘ったって面白くないですよ……」

 ウィニエルは口を尖らせるように小声で僕を見上げた。
 上目遣いのその仕草が僕には愛しくてしょうがないということを、彼女は知らない。

「そう警戒するなよ。あ、そうだ、買い物にでも付き合ってやるよ」

 今日のように僕が荷物を持ってやってもいい。そう告げたのだが、

「あ、それはルディが」
「ん?」

「いえ……買い物はルディと行く約束なので……」

 ウィニエルは手を合わせるようにして申し訳なさそうに僕を見つめた。
 何かわけありのようだ。
 僕は直ぐにぴんと来た。大方あいつは買い物という口実で彼女を誘っているんだろう。しかも断れないように借金の利子の代わりとでもこじつけて。

「ふーん、どうせ無理矢理約束させられてるんだろう?」
「あ……えと……そんなことはないですよ。助かってますし……」

 不機嫌に訊ねた僕に彼女は頭を振って柔和な笑顔を見せる。あいつが嫌というわけではないのはこの笑顔でわかった。

「じゃあ、あいつが居ない時ならいいだろ?」

 あいつは国王だって言ってたから相当忙しい身分だ。いつも来れるわけじゃないだろう。

「……アイリーンがよく来ますけど……」

 僕の言葉に冷静に彼女が返した。

「アイリーン……」

「はい、明日彼女が訪ねて来てくれる予定です。あ、そうだ。ロクスまだこの街に居るなら会いに来ませんか? 確か、仲が良かったですよね」
「いや……」

 彼女の誘いに僕は頭を振っていた。

「そうですか……? アイリーン喜ぶと思うんですけど……」

 彼女は残念そうに呟く。

「……アイリーンがいない日はないのか」
「え……」

 アイリーンはどうも苦手だ。あの時聖都で出会ってなければウィニエルが妊娠したことも知ることはなかった。
 決戦後、彼女が地上に残っていたとしても知ることなく、天界に帰って頑張っていると信じれたのに。そうすれば僕の想いももっと早く薄れて消えていたはずだったのに。
 それに、何故彼女は僕とアイリーンの仲がいいと思うんだろうか。どうみても犬猿の仲にしか見えなかったはずなのに。

「……今後の返済計画とか同じ立場で色々話でもしようと思ったんだけど」

 どうせ、ウィニエルを普通に誘っても了承はしてくれないだろう。
 そう思って僕は誘う方法を変えることにした。

「へ? 借金の?」
「そう、借金の返済計画。一緒に話し合わないか?」

 今彼女に一番近いのは恐らく僕だ。
 共通の話題が借金っていうのは多少引っ掛かるが、それがあれば会う口実はいくらでも作れる。
 いくら彼女のガードが固くても、そこから少しずつ解き解していけば僕に望みはあるはずなんだ。

「……明日から来週の火曜日までアイリーンがいるので、来週の水曜日でしたら」

 ウィニエルは少し間を置いたが、僕が思った通りに誘いに乗った。


「じゃあ、来週ここに来るから」

 僕は玄関を出て、一歩歩みを進めた。

「ええ。ちゃんと借金返しましょうね!」

 彼女が無邪気に笑って手を振って見送った。

 ウィニエルは真面目に借金返済の話をしようと思っているに違いない。
 でも僕は違う。

 全く不純な目的だ。


 それでも誘うよ。


 君が僕を納得させる理由を告げるまで。
 僕が彼女を説得できるまで。


 何度でも。

end

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後書き

 不完全燃焼……。
 ロクスがウィニエルの嵌め替えた指輪に気が付くまで書こうと思ったのですが、断念。

 ロクスの複雑な胸中を書いてみましたがどうでしょう。

 ルディと違ってロクスは強気な感じです。
 冒険中ウィニエルが自分のことを好きだと思っていた分、彼女の想い人の相手が違うのと、妊娠に相当腹が立ってるんでしょうね~。やっと気持ちも薄れて来た頃に再会して再熱みたいな。恋というよりは意地みたいな感じなのかも。

 未だに聖都に戻れないんだから、意地だって張りたくなるって。

 ただ、ねちっこいのは嫌いなのでロクスには軽くウィニエルを精神的に苛め続けて欲しいものです。
 肉体的に苛めるのはフェインの専売特許なんで♪ アハ♪

 ところで、この話を読み返してみると疑問点が。
 ロクスはウィニエルがフェインの所に行ってないってことを知ってるんですよね……。確かめるように「一人なのか?」と訊ねたりもしてるし。
 ロクスとはかなり信頼度が高かったという設定なのでウィニエルから訊いてたってことにしとくか……(汗)

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