「ああ、そうだな……一気には話せないだろう。続きはまた今度でいい」 俺はウィニエルの頭に触れ、撫でてやる。 柔らかい髪。 艶があって、触れると花の香りが鼻を擽る。 安らぐような香りに、俺は表情を綻ばせる。 彼女と居ると、心が穏やかになるから不思議だ。 「……あ、いえ……もう、いいです」 ウィニエルは俺の手を取り、首を横に振る。 ひんやりとしたウィニエルの手の感触が心地いい。 「え……」 やはり、過去を話したくないのだろうか。 「……せっかくの休息なのに私のことで無駄に時間を使っては……フェインに悪くて……」 ウィニエルは俺の手を俺の膝に置くと、放した。 「……そんなことは気にしなくていい」 「いえ……フェインはのんびり過ごしてください。私に時間を割く必要はありませんから」 ウィニエルは申し訳なさそうに微笑む。 「わかった。なら、必要な時は話してくれ。君の記憶が戻る手伝いを俺はしてやりたい」 「フェイン……」 「それが君への恩返しになる」 俺は再び彼女の頭を撫でる。 肌触りのいい髪の感触。こんな風に、誰かを撫でたのは久しぶりだ。 「恩返しだなんて……もう充分していただいてるのに……」 ウィニエルは俯いて口元で何かぶつぶつ言っている。 「……いいんだ、ウィニエル」 彼女の頭を優しく撫で続けると、少し間を置いて、 「……フェインの手、大きくて何だか……お父さんみたいですね」 顔を上げて俺を見据える。 「ん? お父さん? いや……せめて兄くらいまでにしておいてくれないか?」 冷や汗をたらし、俺は彼女に頼む。 年齢的に俺達はそんなに離れていないだろう? 「ふふっ、そうですね。お兄さんみたい」 小首を傾げ、悪戯っぽくウィニエルは笑った。 「……そうだな、君は妹みたいな感じだな」 くしゃくしゃと、俺は乱暴に頭を撫でる。「きゃっ」と、俺の行動に驚いて「やめてください~」と俺の手を避けながら、懇願した。 その姿が可愛くて、俺の口角が自然と上がる。 いつもそうだが、 気がつけば彼女に釣られて微笑む俺がいる。 「ふふっ。……あっ……っ」 刹那、ウィニエルの顔が強張り、彼女は頭を抱えた。 「どうした?」 心配になって、彼女を覗き込む。 「いえ……ちょっと頭痛が……」 ウィニエルは驚いたように目を数回瞬かせると、はぁと息を吐く。 「大丈夫か?」 「はい……こんなこと……初めてで驚いてしまって……」 頭を振るってもう大丈夫と、彼女は微笑むが、俺は心配でならなかった。 「……疲れているのかもしれないな、少し眠ったらどうだろう」 俺は自分のコートを手にして告げた。 「え……あ、でも……」 彼女が何か言いたげだったが、俺はそれに気がついて、続ける。 「ここなら、モンスターも現れないし、俺が見張っていてやるから安心して眠るといい」 「それではフェインに悪いです……」 「いや……俺は本を読むから気にしなくていい」 躊躇する彼女に、足元の芝生に横になるよう促す。 「……すみません、では少しだけ……」 彼女は渋々ながら、芝生に仰向けに横になった。 俺は手にしたコートを彼女に掛けてやる。 「あ……すみません、ありがとうございます」 ウィニエルは照れながら俺を見上げた。 「……本当に妹みたいだな、君は」 俺はウィニエルの額に掛かる髪を梳いて、頭を撫でる。 「……フェイン……」 ウィニエルは少し哀しそうに笑っていた。 けれども、少しホッとした顔で、目を閉じる。 「……おやすみ」 彼女が眠りについたことを確認すると、俺は本を手にした。 先程栞を挟んだ場所へと指を沿わせ、その頁を開くと、続きを読み始めた。 「………………」 本当なら、天界に帰してあげれば良かったんだろう。 彼女も帰ろうとしていたに違いない。 なぜか、そうさせなかった。 俺の隣で眠る天使。 こんな風に、誰かの寝顔を見るのも久しぶりだ。 彼女はセレニスじゃないが、セレニスを思い出させる。 優しい、彼女の心地よい眠り。 あの時の別れの眠りでない限り、俺は、セレニスの寝顔も好きだった。 俺は無意識に彼女の口元に手の甲を近づける。 ウィニエルの口元から息が吐き出される。静かに寝息を立て、無防備な顔で眠っている。 この眠りを起こさないように、見守ってやりたい。 そう思った。 手の甲に触れる彼女の吐息に誘われるように、俺は彼女の唇に親指で軽く触れる。 「んん……」 「!」 瞬刻、ウィニエルは寝返りを打って、俺の方を向いた。 「………………」 俺は、彼女に気付かれないように、本を地面に伏せ、隣に横になった。 間近で見るウィニエルの睫毛は長くて、肌もきめ細かい。唇はうっすらと開いている。 「……ウィニエル……」 改めて見ると、彼女は美人だと、思う。 セレニスの方が綺麗だと思うが、ウィニエルの美しさは人間のそれとは少し異質な気がする。 俺は眠る彼女を静かに見つめる。 「フェイン……」 「ん?」 一時だけ、ウィニエルは寝言を告げたが、起きたわけではなった。 「……どんな夢を見てるんだ?」 俺の夢を見ているのか、ウィニエルの寝顔は満足そうだった。 先程の寝返りで、俺のコートがずれ、俺からは反対側へと落ちている。 彼女の肩が寒そうに思えて、俺は音を立てないように彼女を挟むようにしてコートを取ろうとする。 「……ん」 「!」 コートを取ろうとする俺に、ウィニエルは寒かったのか無意識に俺のシャツを掴んで縋り付いて来た。 俺はコートを手にしたが、ウィニエルが裾を踏んでいた所為で上手く取れず、不恰好な形で固まってしまう。 手を払い除けるのも、心地よく眠っている彼女に悪い気がして出来なくて。 「……これは、セレニスには言えないな……」 あまりに近すぎる距離。 ウィニエルが俺の腕の中で眠っている。 「……俺は……何をやってるんだ……」 はぁ、とため息を一つ。 だが、ウィニエルの手を払い除けることは出来なかった。 それにしても、なんて心地がいい。 彼女がこんなに傍に居ると、天界の力が働くのか、こちらも気が抜けて安らいでくる。 「………………」 俺の目蓋が次第に重くなってくる。 彼女に見張っておいてやる、なんて言っておいて、眠るなんてどうかしてる。 けれど、ウィニエルと居ると癒されて。 セレニスに申し訳ないと思っているのに、このまま眠りたくなってくる。 今だけ、少し眠らせてくれ。 セレニス……。 ウィニエルとは、何でもないから。 言い訳をしながら、俺はウィニエルを知らず知らずの内に抱きしめていた。 まるで、抱き枕のそれのように。 ウィニエルが起きたら、なんて思うんだろうか。 誤解をされたら困る。 だが、眠気に勝てそうにない。 ………………。 ◇ ……その後は、灰色だった。 俺は眠ってしまった。 ウィニエルよりも早く、起きれますように。 それだけを、願って。 ………………。 ………………。 「……あ……」 しばらく経って、俺は目を覚ました。 時間にしたら十五分くらいだろうか。 慌てて、隣に目をやる。 「………………」 幸いなことに、ウィニエルが起きた様子はなく、まだ小さく寝息を立てて眠っていた。 しかし、この格好はどうにも……言い訳がし辛い。 俺はしっかりとウィニエルを抱きしめて眠っていたらしい。 ウィニエルはいつの間にか俺の服から手を離していた。 俺がこのまま離れれば、何事もなかったように目が覚めるだろう。
to be continued…