贖いの翼・番外編9:信頼⑤ フェインside

「……ん……」

 ウィニエルはまた、寝返りを打つ。
 幸いなことに、俺から離れ仰向けに直る。

 ………………。

 なぜだろう、今少し淋しいと感じた。

 俺は身体を起こし、元の位置に座ると、未だ眠る天使を見下ろした。
 伏せておいた本を開く。

 何頁か読み進める。

 が、

 内容が全く頭に入ってこない。

 だから、また、彼女の様子を窺う。
 ウィニエルの様子に変化はなかった。よっぽど疲れていたのか、気持ち良さそうに眠っている。

「……何で、俺は……」

 どうしても、彼女が気になって仕方がなかった。
 俺は再び、本を伏せた。

 眠るウィニエルに近づく。
 風が彼女の髪を弄んで花の香りを周囲に振り撒く。
 薄く開いた唇に、魅せられる。

「……こんなこと、おかしいだろう……」

 自分で自分を諫める。
 けれど、その行動は衝動的で止められなかった。

「ウィニエル……」

 俺は眠る彼女に、口付けをしていた。
 柔らかく弾力のある彼女の唇は冷たくて、いつもは潤っているのに、眠っているからか少し乾いていた。

 これは、誰にも言えない。
 絶対に、知られてはいけない。

 本人にも、バラすわけにいかない。
 セレニスにも言えない。


 俺だけの秘密だ。
 

 ………………。


 数分後、彼女は気だるげに身体を起こすと、コートについた芝を払って、俺に返した。

「もう、こんな時間! ……フェインはずっと起きてたんですか?」

 すみません、と俺に頭を下げる。

「ああ」

 俺は作り笑いを浮かべる。
 背中に冷たく汗が流れているのがわかる。

「私そろそろ行かなくては。今日はすみませんでした。今度、その本のお話聞かせてくださいね」

 彼女は立ち上がって、座る俺に頭を下げると、笑顔で告げて去ろうとする。

「ああ、いつでも来るといい」
「ありがとうございます。では、また来ます」

 ウィニエルはそう云うと、飛び去っていった。

 結局、ウィニエルに気付かれることはなかった。

 俺は心底ホッとしていた。
 自分の行動を止められないのはそうあることじゃない。

 何で、あんなことをしたのか。

 なぁ、セレニス。
 俺はどうかしてる。

 俺はウィニエルを信頼している。
 これは、友としての情だ。


「早く、君に会いたい」


 セレニスに会いたい。
 セレニスに会えないから、俺はおかしな行動をしてしまう。

 セレニス。
 君に会えたら、俺は、何もかも君に捧げよう。

 信頼できる友、ウィニエルもそれに協力してくれている。
 さっきのは、ほんの、事故にすぎない。

 だから、セレニス。
 早く、見つかってくれ。

 ウィニエル。
 君への信頼は、友の証。

 この信頼が途切れたら俺はセレニスを裏切ってしまいそうだ。

 だから、お願いだ。

 俺の信頼を裏切らないでくれ。

 ずっとずっと、このまま。


 
 ……そう願っているのに、俺の胸がちくりと痛む。




 俺は、この時、感じた。

 ウィニエルはいつか、俺の信頼を裏切るだろう。



 そして、俺はそれを潜在意識のレベルで望んでいる。



◇



 ――信頼というのは、一体どういうものなのだろう。
 ウィニエルは、あの時俺の信頼を裏切った。

 だが、信頼という形は一つじゃないということに、あの時の俺は気付かなかった。
 でも、今は違う。

「ん……朝か……なぁ、ウィニエル」

 俺が目蓋を開けると、そこは俺の泊まっている宿の部屋だった。
 隣に腕を伸ばし、声を掛ける。

「はい?」

 直ぐ隣の手の届く場所に、彼女は横になっていて、俺に背を向けていたが向き直る。

「……信頼っていうのは、どういう形をしているものなんだろうな」

 ウィニエルの寝癖のついた髪を撫でて整えながら俺は告げる。

「信頼ですか?」

 彼女は俺の頬を両手で包む。温かなぬくもりが冷えた頬に気持ちいい。

「ああ……」

 夢を見ていたようだった。
 過去の夢。

 まだ、共通の罪を作る前の、夢。
 いや、もう、あの時すでに始まっていたのかもしれないな。

 あの頃から、ウィニエルには兆候があった。
 あの頭痛は、記憶の封印が解け掛かったから起こった。
 俺には、衝動が訪れていた。

 互いに言い訳をしながら、惹かれていたんだ。
 信頼という名を借りて、全てを欺いて。


「難しい質問ですね……」


 ウィニエルは悩んでいるのか、宙を見上げて、考えを巡らせている。

「……信頼というものは、形を変えるものなのかもしれないな」

 俺は苦笑してウィニエルを見つめた。

 ウィニエルは、あの時、俺の信頼を裏切ったのだから、昔と同じような信頼などもう出来ない。
 だが、今、信じられるのは、彼女だけ。

 これは、何なのだろうか。

「よく……わかりませんが……」
「っ!? ……ウィニエル?」

 突然ウィニエルは俺を自分の胸へと引き寄せ、抱きしめた。
 息が出来ないほどではなかったが、柔らかい弾力の乳房に俺の顔が埋まる。

「……私は、フェインのこと、信じていますよ」
「ああ……俺も、君を信じている」

 俺は彼女を抱き返すように腕を背に回す。
 彼女の肌の香りが安らぎをくれる。
 互いの素肌が触れ合い、温かい。

「……あ、でも、以前と違って……」
「ん?」
「愛してるから、信頼してるのかもしれません」
「……ウィニエル……」

「フェインの云う通り、信頼というものは形を変えるものなのかもしれませんね」

 ウィニエルが話す度、彼女の肌から振動が伝わる。

「ああ……」
「……愛という信頼、友情という信頼。私の信頼は友情から愛へと変化したのかも」

 穏やかにウィニエルは俺の頭を撫でた。

「……俺もそうかもしれないな……」
「……そうだったら、とってもうれしいです……」

 照れているのか、声が小さくなる。
 ウィニエルはなぜか俺からの愛の言葉に照れる。

 もう今更、言い訳はしない。
 誰に言い訳することなく、ウィニエルに愛していると云える。
 ウィニエルも、素直に応えてくれる。

「君が変化させたんだ。あれは裏切りじゃなくて、変化のきっかけだった」
「……フェイン……」

 彼女が目尻を下げると、俺の頭を愛しむように優しく撫でた。

 あっ、とウィニエルが声を漏らす。
 のも当たり前だった、俺は彼女の胸に触れると、先っぽを指の腹でさする。

「ふ、フェイン、朝からっ……はっ……」

 抵抗なのか、彼女は俺の頭を強く抱きしめた。

「……抵抗したって、俺がすると決めたらする」

 顔をずらしていたためか、息は苦しくなく、自由に話せる。
 俺は彼女の太ももに手を這わせてから、臀部へと運び、ねっとりと触れる。

「何言ってるんですか……もうっ……昨日、あんなにっ……!」

 ウィニエルが怒り気味に訴えるが、俺の手は臀部から彼女の秘部へと指を進入させていく。

「ウィニエル、愛してる」

 俺は空いた方の手で彼女の豊満な胸を掴んで、先端を口に含むと、舌先で転がした。

「あっ! だめっ! 今のは、したいだけの文句っ」

 ウィニエルは見透かしたように俺を拒んで、自分の身体を保護するように腕でガードする。

「…………こんな抵抗しても……」

 俺はニヤニヤ笑いながらウィニエルを見つめて抵抗は無駄だと告げたが、

「フェイン! こんなやり方はイヤです!」

 きっぱりと断られてしまった。


 ので、


 俺は、


「……すまない」

 素直に従うことにした。
 彼女に悪戯しようとした手を臀部へと戻し、触れたままにする。

「…………もう、フェインのえっち! 何回すれば気が済むんですか!」

 ウィニエルが怒っている。
 まぁ、無理はない。

 昨日、俺は彼女を手放せなかったのだから。
 眠りについたのは明け方近く。

「……回数なんて数えてないからな。誘う君が悪い」

 俺は昨日の出来事を思い返す。

「……もう……誘ってなんて……」

 俺が微笑みながら告げるとウィニエルは頬を赤らめて剥れた。

「ウィニエル」
「はい」

 名前を呼んで、俺はウィニエルを抱きしめる。今度は、俺の胸元に彼女をすっぽりと包む。
 すると、彼女は不思議そうな顔で俺を見上げると首を傾げた。

「……何もしないから、もう少しこのままでいいか?」
「……ええ、いいですよ。今日は、ゆっくりしましょう」

 ウィニエルは、俺を信頼していると瞳で告げて、俺の背に手を回した。

「なぁ、ウィニエル」
「はい」

「これからもよろしくな」
「はい」


 信頼。
 彼女はこの先、これを変化させることはないだろう。

 そして、俺も。
 ウィニエルを信頼しているからこそ、生まれた愛。


「なぁ、ウィニエル」
「はい…………」


 特に、何を話そうというわけじゃなかった。


「今日の予定なんだが……」


 ウィニエルからの返事はない。


 このままこうして、二人一緒に歩いていけたら。


「眠ってしまったか……」


 ウィニエルは俺を見上げたまま眠くなったのか目を閉じていた。


 二人で信頼関係をずっとこのまま築いていこう。

 俺は、
 眠った彼女にあの時と同じ、秘密のキスをした。


 起きてしまったら、どうしよう?


「……バレても構わないか」
「んぅ……」


 ウィニエルは起きはしなかったが、息苦しいのか眉間に皺を寄せた。
 その顔が可愛くて、俺はフッと笑う。


 こんな幸せな時が来るなんて、思ってもみなかったな。



 君となら。
 いつまでも。

end

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後書き

 はぁ……、終わりました。随分日が経ってしまい、書きたかった内容とちょっと違うんですけど……、何書きたかったかも忘れてしまって(おい)。

 いやぁ、すみません。
 なのでちょいエロ入ってます(必要なのか)。

 一応次回が贖いシリーズ最終話的な話なのですが、またとりあえずの終わりって感じになるかもです。贖い~はEDが三段階ありましたね……。通常ED(本編十一話)、ミカエル真ED(番外3)、フェイン真ED(番外10)、みたいな。

 ちなみに、この話は番外編10より後に書いています。
 番外編10は実は一年~二年下手したら三年くらい前に書いていたものです。訳あってアップせず。
 というのも、仕事が忙しくなってしまったのもあるし、この『信頼』って話をどうしても挟みたくて。本編はセレニスの死から始まってるので、そこに至るまで部分を書きたかったんですね。
 信頼関係をちゃんと築いておきたかったというか。

 しかし、微妙にしくった。

 もはやラブラブな二人に用はない……(え)
 ラブラブ好きなんだけどラブラブになるまでが良くて、ラブラブになったらもういいかな(こういう気持ちわかる人居ないかな……)。あとはご想像にお任せな感じで。

 新シリーズ書きたいなぁ。
 フィンの話とか。
 ちょっと構想はあったりなかったり。大きくなったフィンっていい男になりそう。女勇者と恋に落ちたりとか~。流石に18禁は書けませんが、面白いかもしれません。
 もちろん、ウィニエルも出てくるし、フェインも出てくるってことで。
 贖いシリーズだけど新シリーズみたいな。
 ……出来るかしら?(後日新シリーズ始めました……アハハ……フィン関係ないけど……汗)

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