「道中の危険てモンスターだけじゃないよね。フィンを連れてても声掛けてくるからね」 「ああ。他の男共に何されるかわかったもんじゃないからな。アイリーンが一緒に居てくれれば安心だ」 アイリーンの言葉に素で返事をしていた。 その俺の様子に、アイリーンが一瞬黙り込んで目を丸くすると、 「……ふふっ、フェインが素直に思ってること話してくれるの、珍しいね」 「あ……いや、何でもない……ウィニエルはその……誰にでも優しく接するところがあるから……だな……美人だし……」 俺は今度は恥ずかしくなり、その話し声が次第にたどたどしくなっていった。 「……んー、でもウィニエルは一途だから大丈夫だと思うんだ」 「それはわかっている」 「お、断言したね。ふふっ、愛されてる自信あるんだね?」 「……アイリーン!」 にやにや顔で話すアイリーンに、からかわれたような印象を受け、彼女に抗議の視線を向ける。 先程からずっとアイリーンのターンで、俺はどうしても勝つことが出来ずにいる。 アイリーンはこんなに手強い娘だっただろうか。 そんなことを考えていると、アイリーンがまたふっと真面目な顔になった。 「……ウィニエルをナンパしてくるその辺の男とかはどうでもいいんだよ」 「ん?」 「前も言ったけど、問題はロクスとルディエール王なんだよね。特にロクスなんて太刀が悪い。諦めが悪いからいつまで経ってもウィニエルにちょっかい出してくるんだよ?」 アイリーンは両掌を天井に掲げながらやれやれとため息を吐く。 「……ああ、知っている」 それに俺も知らない内に倣ってため息を吐いた。 「ウィニエルも隙だらけだから、時々危ういなーって思うことあるんだよ。あ! あと、もう一人、男の勇者もいるし」 「もう一人?」 アイリーンの言葉に俺の耳がぴくりと反応する。眉間に皺が寄る。 男勇者は俺の他は二人だけだと聞いたような気がしたが、気のせいだったのか。 いや、俺がきちんと聞いたことがなかっただけか。 「……クライヴっていう人。ちょーっと暗くて物静かな人なんだけど、フェインとは違うタイプのイケメンでさ。……何か抱えているみたいで、ウィニエルってば親身に相談受けちゃっててこっちも要注意かなって……うーん……」 今度は腕組みしながら何やら思案するように唸るアイリーン。 「初耳だな」 「私も前回ウィニエルの家に行って知ったばっかりでさ。今回フェインと話す暇がなかったから今になっちゃった」 ごめんごめんと、アイリーンは俺に軽く詫びた。 「そうか……」 俺は落胆して声のトーンを落とした。 「私が訪ねたときクライヴが丁度ウィニエルの家に来てて、お茶を飲んでたんだよね。深刻そうな顔してさ。もう夕方で暗くなり始めてるってのに、そんな時間に女性の家を訪ねるのはマズイよね。ウィニエルの表情も何だか真剣でさ、甘い話って感じではなさそうだったけど……」 アイリーンは俺の落胆に気付きつつも話を続ける。 俺の居ないときのウィニエルの話をアイリーンはよくしてくれるが、こういう話は中々堪える。 「…………」 実際、俺は何も言えなくなってしまった。 「私が訪ねて行ったら、軽く会釈して帰っちゃったんだよ。ウィニエルもまた来て下さいなんて言ってたし、私には何でもないって言ってたけど、どういう関係なんだろうね……」 首を捻りながらアイリーンはどこを見るでもなく、宙を見上げる。 「……ウィニエルはそんなこと一言も言ってなかったが……はは……」 俺は意外とウィニエルのことを把握してなかったんだな、とウィニエルのことを殆ど把握していると思っていた自分の愚かさ加減に厭きれた。 ははっ、と自嘲した笑いが情けなく俺の口から漏れた。 「……フェインに心配掛けたくないからだと思うけど……事実はわからないからね。ただ、ウィニエルはフェインに一途だから大丈夫だよ」 俺の様子に、アイリーンがフォローを入れ慰めるように肩をぽんぽんと叩く。 「……どうだか……」 「ウィニエルって、馬鹿が付くくらいフェインのこと好きだよ。だってさ、一人で子供産んで育てちゃうんだよ? フェインのこと好きじゃなきゃ出来ないよー」 落ち込む俺に、アイリーンはめいっぱいの笑顔を見せて、励ました。 「…………」 だが俺は、何も言わないまま無表情でアイリーンを見つめる。 「フェイン、落ち込みすぎだってば! ウィニエルがモテるのは今に始まったことじゃないでしょ! そりゃ、フェインはもう歳も歳だし、前に奥さんいたわけだし、他の人からみたらルディエール王とかロクスとかの方がいいよねーっていうこともあるかもしれないけどさっ、ウィニエルはフェインじゃなきゃだめなんだからさっ!」 俺に立ち直って欲しいのか、アイリーンが必死にフォローしようとしているが……、 「……フォローしているのか落としているのか、わからないな君は。俺はそんなに歳くってないぞ。ウィニエルとだってそんなに離れていない」 訝しげにアイリーンを軽く睨み付ける。 もちろん俺は怒ったりしていない。 「え? あ、あはは……ごめんごめん、冗談だよー」 俺の言葉を受けて、アイリーンが冷や汗を垂らしながら笑った。 そういえば、そろそろウィニエル達が来てもいい頃だ。 この話はこれくらいにしとくのがいいのかもしれない。 クライヴという勇者のことは、後日会ったときにでも直接聞けばいい。彼女は俺になら素直に答えてくれるはずだ。 そう思い、話を切り上げようと、俺はアイリーンに話しかける。 「……とにかく、頃合いを見てもう一度言ってみようとは思っているから」 「うん、お願い。ウィニエルがフェインと結婚すれば、きっと落ち着くと思うのよ。……多分」 俺がけじめを付けることを告げると、アイリーンは真剣な面持ちで頷いたのだった。 「ああ」 ウィニエルとはいつか結婚しようと思っている。 彼女が借金を返し終えるまでなんて待つ気はない。 それを待っていたら俺たちは老人になってしまう。 ウィニエルはわかっているんだろうか。 指輪だけ左手の薬指に填めさせてはいるが、そもそもあの指輪は結婚指輪じゃない。 それでいて、婚約指輪でもない。 ただ、何となく過去の俺が彼女に贈りたくて贈ったもの。 彼女の所有者が俺であると誇示するために贈った。 その気が全くなかった過去の俺が無自覚でした行動。 そのうち指輪をまた買いに行くか。 いや、作るのもいいな。 そうだ、 ……指輪が出来たら、もう一度彼女に告げよう。 その考えに至った頃、ウィニエルが大きく不自然に膨らんだ鞄を重そうに抱えて戻ってきた。 「よいしょっと……はぁ……もー、フィンたらたくさん本貰ったり、借りたり……重いよ」 抱えていた鞄を床に置くと、ゴトッと大きな音を立てる。 「十冊は流石に重いと思うのよ。また来るんだし、読みきれないからせめて半分にしない?」 ウィニエルが持ってきた鞄を開けると、服に紛れて分厚い魔導書が二冊程と、そこそこ厚い歴史書が二冊、薄い絵本が六冊、窮屈そうに詰められていた。 その内の半分、魔導書一冊と歴史書一冊、絵本三冊を鞄から取り出す。 「だって、全部面白い本なんだもん!」 フィンが頬をぷーっと膨らましてウィニエルが取り出した本をまた詰めようとしていた。 「フィンが本好きなのは知ってるけど、ママ、これずっと持ち歩くのはしんどいな……」 はぁ、とウィニエルがため息を吐いた。 「ごめんね~、ウィニエル。昨日私がその分厚い本薦めちゃったばっかりに」 二人のやり取りを見ていたアイリーンが口を挟む。 「ううん、本を薦めてくれたことはいいの。ただ、本当に重くて。鞄が壊れてしまわないかと思って」 ウィニエルは無理やりに本を詰めるフィンを見ながら鞄を気にする。 「え~、やだよ~!! 持って帰りたい~!」 フィンの手にまだ本が三冊残っている。フィンでは上手く詰められないようで、彼は駄々を捏ねていた。 「お姉ちゃんが半分持ってくれればいいんじゃない?」 フィンがいい案を思いついたとばかりにアイリーンに話を振るが、 「いいけど、途中までだよ?」 アイリーンは満面の笑みを浮かべながら言うが、それは有無を言わせぬ断りの顔だということはわかっている。 「やだやだ~!!」 フィンは尚もいやいやを繰り返す。 それをウィニエルが困った様子で見ていた。 仕方ないな、俺が助け舟を出すか。 「……そうだな。俺が二週間後くらいにまたそっちへ行くからその時に持って行ってやるというのはどうだ?」 俺はフィンの頭を撫でながら言い聞かせるように諭す。 「本当っ!? それなら置いてく! ママ重いの可哀想だし!」 フィンが溢れるような笑顔で俺を見上げて力強く頷いた。 「ウィニエル、重い本は全部置いていくといい。二、三冊あれば充分だろう」 「すみません、フィン、どれ持って帰るの?」 俺の言葉にウィニエルは軽く頭を下げると、すぐ傍の絨毯の上にこちらを向くように座ると、鞄から全ての本を出してフィンに本を選ぶように促した。 それまで立っていたフィンもウィニエルに近づいて座り込んで、目の前の本を眺める。 「じゃあこの本とこの絵本!」 「……魔導書と、絵本ね。変な組み合わせね……まぁ、二冊くらいなら大丈夫かな」 フィンの選んだ二冊を再び鞄の中に詰める。 その様子を見ていたら、声があがった。 「……ひょっとして、遅かったのって、この本が原因?」 声の主はアイリーンだった。 「あ、ええ、実は。フィンが全部持っていくって聞かなくて、途中で読み始めちゃったりして、私じゃ対処できなかったのでひとまず全部持ってきたんです」 準備に時間が掛かった理由を話すウィニエル。 「そっかぁ、フィンは魔導書好きみたいだからね~」 「……本当、困るんですよね……」 アイリーンが楽しそうに告げたが、ウィニエルは対照的に気が重そうに応えた。 「あっ、ごめん、やっぱマズかった!?」 ウィニエルの様子にアイリーンが慌てて謝る。 「でも……フィンが好きならしょうがないです。きっと私だけが、気にしすぎなんです」 謝るアイリーンに頭を振って、ウィニエルがほのかに笑う。 「ウィニエル……」 アイリーンはそれ以上何も言えなくなった。 ウィニエルはフィンに魔導士になって欲しくないらしい。 堕天使に目を付けられるから。 魔導士となって俺のように禁忌を犯したとき、自分では止められないから。 だから、以前は魔導書の類に手を触れさせないでくれと、俺とアイリーンに言っていた。 だが、触れる機会はどうしても訪れる。 それも意外に早く。
to be continued…
後書き
いつも読んでいただきありがとうございます。
春眠暁を覚えず。眠い~! 本当、春はネムネムなのです。
では、次回~!