その声で呼んで③

 数日後、俺はまだ目的地についていなかった。
 そこは、ウィニエルから依頼のあった場所だ。
 あと三日もあれば、着くだろう。

 ここは見晴らしのいい荒野。
 近道だから道を外れてここを歩くことを選んだ。

「なぁ、フロリンダ。ウィニエルは忙しいのかい?」
「どうでしょうかぁ? お呼びしますね~」

 俺は、妖精にウィニエルを呼ぶよう頼んだ。
 彼女と話がしたい。
 ラミエルのことを聞きたいと思ったんだ。

 というのも、ラミエルが来ない。
 まぁ、来なくてもいいんだけど、いつもなら大抵一回来たら何日かはひつこく来るから、妙だと思って。
 
「勇者様~。ウィニエル様がいらっしゃいました~」

 フロリンダがちゃんと呼んで来ましたよ、と可愛い笑顔を向ける。
 来られないときは申し訳なさそうにしていて、そこまで謝らなくてもいいのに、とその様子が痛々しくて。
 こうして連れて来れると、晴々しいのか、嬉しそうだ。

「リュドラル、こんにちは。どうしました?」

 ウィニエルが艶やかな翼を携えて俺の元に降り立つ。

「やぁ、ウィニエル。実は、ちょっと聞きたいことがあってさ、急に呼び出して悪い」

 ウィニエルに会うのは、二週間振りだ。
 相変わらず、綺麗で……それにいい匂いがする。
 ラミエルにはない、なんていうか、色気……?

「いいえ、いつでも呼んでください。私達はそのために居るのですから」

 穏やかに彼女は微笑む。
 この笑顔に俺はいつも癒される。
 心が安らぐ。

 ラミエルとは全然違う。
 彼女の笑顔は安らぐというより、心がかき乱されそうになる。
 あの、悪戯な笑みなんか特に、何でそこで笑うんだ? とさえ思う。

「でも、その前に、怪我してますね。ちょっと待ってくださいね」

 ウィニエルは俺の肩に傷があるのを見つけ、何やら両手に力を込め、小さな白金に輝く光の球体を作り出すと、傷に宛がう。
 すると、球体は俺の肩に吸い込まれ、傷が一瞬で消えた。

「そんなの、かすり傷だから大丈夫だよ」
「いえ、かすり傷から重症になることもありますから」

「……ありがとう」

 いいえ。こんなことしか出来なくて……、とウィニエルは照れたように微笑む。
 俺は彼女のこの笑顔が可愛いと思う。

 ラミエルなんか……あ、そうだった。
 ラミエルのことを聞かないと。

「ラミエルは…どうしてる?」

「はい? ラミエルですか?」

 ウィニエルは不思議そうに首を傾げる。
 俺がこんな風にラミエルのことを聞いたのは初めてだからかもしれない。
 いつも聞く時は、

『あのピンクの天使はなんなんだよ! 態度でか過ぎじゃないか!?』

 と、名前を呼んだことがなかった。

「ああ。最近会ってなくて」
「呼ばれました?」

「いや…、呼んでないけど…、あいついつも勝手に来るから」

 視線がつい、地面に落ちた。ウィニエルが目の前にいるのに、こんなこと初めてだった。

「……ええと、ラミエルは忙しいだけかもしれません」
「え?」
「……あの……、気を悪くしないでくださいね」
「?」

 意味深なことを告げて、ウィニエルは続ける。

「ラミエルは、今、ある勇者と同行しています。そちらに掛かりきりで、あなたに会いに来れないだけかと……」

「……それで、俺が気を悪くするのか?」

「あ、いえ……すみません」

 俺の言葉に、ウィニエルは困ったように頭を下げた。
 俺はぴんと来て、

「あ……、そっか、そいつが男なんだな! 別に大丈夫だよ、ウィニエル。俺、ラミエルのこと何とも思ってないから」

 と応えたが、違ったのか、

「え? あ、あの……」

 ウィニエルが今度は首を傾げた。

 ……? どういうことだ?

「私、良かったら様子見て呼んで来ましょうか?」

「いや、いいよ。その内来ると思うから」

「そうですか……、他に、何かありますか?」

「あ、それだけなんだ、ごめんな。忙しいのに呼び出して」

「いえ……。いつでも呼んでください。あ、目的地に着くころに私も必ず行きますから、怪我にはくれぐれも気をつけてくださいね」

 優しい微笑みで、ウィニエルが手を振って飛び立っていく。
 ウィニエルとの時間はいつもこんな感じで、穏やかだ。

 俺は手を振って、彼女を見送った。

「……ってー……、何で俺、ウィニエルにラミエルのことなんか聞いたんだよ!?」

 ウィニエルに振っていた手が動きを止め、そのままふと気がついて、俺は頭を抱え込んだ。

「あー!! せっかくウィニエルに久々に会ったってのにっ!!」

 今みたいにウィニエルが来てくれるのは稀だ。
 彼女はいつもあちこちの勇者を訪問して常に勇者を気遣っている。
 だから、呼んでも中々来ることが出来ないのに。

「あのぉ~、ラミエル様お呼びしましょうかぁ?」

 フロリンダが気を遣っているつもりなのか、ラミエルを呼びに行こうとする。

「いや! いいよ! あいつ呼ぶくらいならロディエル呼んだ方がマシだ!!」

 すぐさま、フロリンダを制止させて、俺は大きな声で告げた。

「そんなぁ。ラミエル様はぁ、とってもとってもお優しい天使様なんですよぉ~!」
「でも、俺にはよくわかんないんだよ!!」
「フロリンがぁ、大きな怪獣に襲われてる時に、真っ先に駆けつけてくれたりぃ、ロディエル様に苛められてるときもロディエル様のこと苦手なのに助けてくださったりぃ、ウィニエル様がぁ、事件で困っているときに変わりに行ってくださったりぃ。それに、いつもどんな時でも元気に笑ってくれているんですよぅ」

「……そんなこと言われたって……」

 確かに、ラミエルはいつでも、元気に笑っていた。
 その笑いがときに腹立たしくなったこともあったけど。


「……じゃー、呼べば?」
「じゃぁ、呼べばってなんですかぁ? 素直じゃないですねぇ」
「……何言ってんだよ、フロリンダ。俺は別にラミエルのことなんか」
「行ってきまーす!」

 フロリンダは俺の言葉を最後まで聞くこと無く、消える。


「無視するなー!!」


 荒野で俺の声だけが溶けた。


◇


 ――数分後、フロリンダは戻ってきた。

「……あれ? ラミエルは?」
「すみませぇん。ラミエルさまはぁ、会いたくないそうですぅ」

「はぁ?」

 フロリンダは一人で戻ってきていた。
 どこを見ても、ラミエルの姿はない。
 俺からこうして呼ぶのは初めてじゃない。
 たまには呼んでやっていて、呼べばラミエルは嬉しそうにやってきていたのに。


 “会いたくない”


 ……って……?


「……なんだよ、あいつ、そんなに忙しいのかよ」
「いえ、会いたくないんだそうですぅ」

 フロリンダはラミエルのようにはっきりと告げる。


「っ……なんだよ、それ!?」


 あいつ、俺のこと好きだとか言ってなかったっけ?
 でも、会いたくないってどういうことだよ。


「……ううーん、フロリンにはわかりませぇん。でもでも、ウィニエル様とぉ、ロディエル様がぁ、一緒におられてぇ、何か話してましたぁ」


 天使三人で何話してるんだ?
 と、そんな疑問を持った時、


「おい、リュドラル。お前、よくも…」
「え、ロディエル?」

 突然ロディエルが俺の前に現れたかと思うと、頬に鈍い痛みが走った。

「っ!?」

 その拍子に、俺は地面に倒れた。
 不意の攻撃に面食らったが、見上げた目の前のロディエルが俺を見下ろし、いつもの不機嫌そうな顔で俺を睨みつけた。

「ラミエルを押し倒したんだってな!!」
「ち、違うっ!! あれはそんなんじゃないっ!!」

「そんなんじゃないー!? じゃあ、押し倒したのは本当なんだな!!」
「あれは! ウィニエルのことをあいつが!!」

「……俺だって押し倒したことあっけど、あんなラミエルの顔見たことねぇんだよ。で、どうだった?」


「……は?」


 ロディエルは俺の胸倉を掴んでにやりと不適に笑った。
 怒ってる……わけでもなさそうだ。

「あ、ラミエルのやつよー、今怪我で動けねぇだけだから、気にすんな。治療に時間掛かってるだけだからよ」

「怪我……?」

「お前、激しすぎなんじゃねーの? 外はやめとけ。翼の傷に菌が入って化膿してんだよ。ラミエルは見た目と性格はああだけど、ウィニエルとは違って、結構身体弱いんだよ」

 ロディエルがどこから出したのか、煙草に火をつけ、吸い込んで口から白い煙を吐き出しながら俺を睨んだ。
 兄心なのか、俺に注意を促す。

「怪我って…こないだの…?」

「ちっ、もうこんな時間じゃねーか。あいつんとこ行かないとな。あ、俺は俺で忙しいから、呼ぶなよ」

 ロディエルは俺の鼻先に人差し指を突きつけ、わかったな? と軽く睨みつけて消える。
 ラミエルやウィニエルは飛んでいくのに、彼は瞬時に消える。
 本当ならそうできるはずだけど、二人はしないだけなんだと、今気づいた。
 それとも、それができるのは彼だけなのか。

 そんなことはどうでも良かった。
 ロディエルに殴られた頬が痛い。

 あいつ、結構力あるじゃん。

 力強いんだな。
 って言ったら、絶対、あいつはこう言うんだ。

『女のために鍛えている』

 あいつ、相当な女好きらしい。
 でも、俺なんで殴られたんだ?
 あいつの兄心ってやつか?

 けど、それだと矛盾してるよな。
 あいつだって、ラミエルを押し倒してるって言ってたし。

to be continued…

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